「新装版の刊行にあたって。」
本書が刊行されて、もう二〇年になろうとしている。すでに二昔前にもなるが、 今読んでもきわめて新鮮な内容であるのは、有機農業をあるべき社会を示唆する総合的な理念や原理として打ち出しているからである。農業技術についてもその拠って立つ原理を示しているばかりでなく、有機農業を単に農業者のものだけでなく、消費者――都市生活者、市民のものとして広がりをもって捉えている点でも、ゆるぎない基本を示している。
本書の初版は、日本有機農業研究会の結成(一九七一年)から一四年を経た一九八五年に刊行された。ちょうど、日本の有機農業運動の発展の基礎が気づかれた時期であり、本書は、その経験と知恵をその時点で集大成した正に古典というにふさわしい書といえよう。
有機農業の今も変わらぬ考え方の基盤は、本署の随所に出てくる「自給」と生活者と消費者の「提携」であろう。自給も提携も、“どう食するか”から始まる。自分が、そして家族がどのように食べるか。有機農業では、まず、農家が自分自身や家族の食べ物を自給することから始まる。肥料や農薬を他から買って農地に入れるのではなく、農地とその周辺から出るものを土に返していく自給で循環する農が基本である。今日でこそ、このような農業は、有機農業や環境保全型農業、地域循環型農業といわれているが、日本では長い年月のあいだ、郷土や豊かな降雨や日照、四季や気象を生かして、そうした農業が、あたりまえの姿として発展してきた。そのなかで、本当に多様なしばらしい数多くの作物がつくられ、工夫されてさまざまな料理となって、祭り日や日常の食卓に上っていたのである。有機農業は、そうした農と食との伝統を今日の英知で現代の社会や暮らしに生かしていく実践哲学ともいえる。
今、世はまさにグローバル化時代、WTO(世界貿易機関)が食までも市場開放を推進し、我々の口に入る多くの食品は、遠く地球の裏側から運ばれるようになってしまった。食べ物は、土から離れず、食べる口に近いほど、時間も短いほどよい。生産者と消費者の「顔のみえる関係」が提唱されたのも、じつは、有機農業運動においてであった。売り買いの関係でなく友好的な相互扶助の精神でじかに受け渡す「提携」が提唱されたのは、本書に示されているように、一九七八年である(「提携の一〇原則」二六六頁)。小規模な家族農業、田品目少量生産の栽培方法、多くの微生物と無視や鳥獣と共存する生物多様性こそが安定性をもたらすが、それは消費者(都市生活者)と結びついたときにいっそうの潜在能力を発揮する。
提携は、日本だけでなく、WTOのグローバル経済化に対抗するもう一つの道として、アメリカでもヨーロッパでもCSA(地域で支える農業)運動などとして広がりをみせている。各国、各地域が農においても食においても、暮らしでも、画一化の機器に気づかねばならい。その国、地域風土に適合した自給と都市生活者を巻き込んだ提携が自立への道である。それは平和の基礎ともなろう。そして、それを実現させるのは、多くの人たちの意思による。本書がその力になることを願ってやまない。本書の執筆者の中には、物故された方が多くおられる。この本が多くの人に読まれ、有機農業運動が発展していくことが何よりの供養になるであろう。
二〇〇四年四月
日本有機農業研究会 理事長 佐藤喜作
|