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◆生物多様性とWTO 
 

生物多様性の価値

   何億何千年という長い年月をかけて創り上げられてきたこの美しい地球環境が、わずか100〜200年の間に、人間によって破壊されようとしている。この人間の活動は生物多様性の減少という問題を引き起こした。地球温暖化のスピードは極めて速く、それに順応できない生物は絶滅するだろう。さらに無秩序な開発や化学物質などの問題とも絡み合い、生物多様性の減少は複雑で深刻な問題となっている。
  現在地球上で科学者により分類され、種名がつけられている生物種は約175万種(Global Biod
iversity Assesments:UNEP,1995)に上る。さらにそれ以外に、推定されている未確認種の総計を合わせると、3000万〜5000万種、あるいは1億種などとも言われている。WWFのLiving Planet Report 2002(生きている地球レポート)によると、1970年以降の生態系指数の劣化状況は、森林生態系5%、淡水生態系54%、海洋生態系35%で、全体でも実に35%の種がこのわずか30年あまりの間に失われた。
   
生物多様性をまもるための国際的な枠組み
 

  この問題が国際的に議論され始めたのは1972年の国連人間環境会議(ストックホルム
会議)だった。そして、初めて国際的な枠組みが打ち出されたのは1992年の国連環境開発会議(地球サミット)である。このとき、地球上のすべての生物の保全を目的とする「生物多様性条約」が採択された。

この条約の目的は、

1生物多様性の保全 
2 生物多様性の構成要素の持続的な利用 
3 遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分

の3つである。特にその中で3についての対策として、2000年1月にカルタヘナ議定書が採択された。この議定書は、遺伝子組み換え作物の安全な移送、取り扱い及び利用のための国際的な規制として作られたものである現在、自国のバイオ産業を保護したいアメリカは批准していない(アメリカは生物多様性条約にも批准していない)。 また、環境保全を目的とした国際条約としては、絶滅の危機に瀕した野生動物の種の国際取引を禁止したワシントン条約(採択年:1976)、オゾン層を破壊する物質の輸出入を禁止したモントリオール議定書(1987)、有害物質の国境を越える移動およびその処分を規定したバーゼル条約(1989)など、多くの多国間環境協定(Multilateral Environmental Agreements : MEAs)がつくられた。現在それらは150以上存在し、その中でも貿易措置を含むものは上記3つを筆頭に20程度ある。

   
WTOと多国間協定(MEAs)の矛盾
   MEAsの役割が拡大すると、WTO協定との整合性を取ることが求められるようになった。その原因はWTOとMEAsの基本的な目的の違いにある。1994年に開かれたGATTのマラケッシュ閣僚会議で採択されたマラケッシュ協定によると、WTOの原則として、最恵国待遇(第一条)、内国民待遇(第三条)、数量制限の禁止(第十一条)などが挙げられる(詳しくは「WTOの問題点」参照)。つまり、WTOは自由で無差別な貿易を促進することを第一目的としている。これに対し、MEAsは環境保全を目的とし、一定の条件を満たす国への輸出入禁止などの差別的行為を認めている。
   
対立の解決案
 

 この問題に対して、1994年GATTの特別作業部会である「環境保護と国際貿易に関するグループ」がレポートを提出。その中で以下の2つの解決策を提示した。

1 WTOとMEAsの間で矛盾が生じた場合は、GATT第25条を適用し、加盟国の3分の2の多
数が認められればMEAsを優先する。
2 WTO協定の中にMEAsの貿易措置を認める条項を加える。

これらはいずれも有効な方法であるが、問題点もある。1のようにケースバイケースで問題に対応する場合には、どの程度なら3分の2以上の賛成を得られるかという予測が立たない。そのため2のようにWTO協定の中に規定されている場合に比べると、MEAの条項に貿易措置を加えるのが難しくなる。さらに、WTOではそれぞれが自国の利益を優先する手前議論の難航が予測され、時間がかかる上に、国力の違いによって公平な決定も保障できない。
 2の場合は条約を改定する作業になるため、非常に困難である。さらに、MEA交渉の中で今後生じる可能性のある幅広い問題を十分にカバーする基準を設定することは難しい。WTOの一般理事会の傘下に置かれ、貿易と環境の問題を扱っている「貿易と環境に関する委員会」(Committee on Trade and Environment :CTE)では、これらの案に対する議論が行われてきた。CTEの最初の指令は様々な「環境と貿易」に関する問題を審議しその結果を第一回閣僚会議に報告することであったが、第一回閣僚会議の時点ではこの問題の結果は出ず継続して審議されることになった。そしてドーハで行われた第四回WTO閣僚会議の閣僚宣言において、この問題は限定的ではあるが今後交渉を行っていくことになった。

しかし、CTEは、この問題を解決するうえでは限定的な役割しか持っていない。CTEは
WTO上の権利や義務を変えることなく、MEAsとの整合性を取ることを目的としているため、そもそもWTOのもたらす環境・社会的影響力を緩和させるものではない。また、CTEにおいてWTOとMEAsとの相違点が指摘された場合、MEAsを改悪させる要素となることが懸念される。したがって、WTOとMEAsとの整合性の問題は、WTO以外の場で議論されることが必要である。

2002年8月には、南アフリカのヨハネスブルグで世界首脳会議(WSSD)が開催された。
実質的に先進国の意向を反映しやすいWTOの運営を推進したい米国などの圧力から、サミットの成果となる世界実施文章の貿易の章には、「WTOの支持の下、WTOとMEAsの整合性を取る」という表現が盛り込まれた。つまり、WTOとMEAsとの整合性の問題は、CTEに委ねることが確認されてしまった。これは、ヨハネスブルクサミットの大きな失敗の一つである。環境問題を解決させるための実行力のある国際ルールをつくるためには、CTEにおいて、 限定的な解決策を模索するのではなく、WTO以外の場において、各国がWTOよりもMEAsを優先させることを合意することが必要である。

   
   
【参考資料】
・『温暖化に追われる生き物たち』 堂本暁子 1997年
・『WTO協定とMEAsの整合性について』岩崎祥也
・http://eco.site.ne.jp/info/index.cgi?code=00098
・http://www.k-t-r.co.jp/kankyo08.html
 

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