ヨハネスブルクサミットがこれからの10年に与える影響
ヨハネスブルクサミットの争点は貿易問題であった
十年前の地球サミットではアジェンダ21という行動計画が合意され、貧困や環境破壊を食い止め、持続可能な開発を進めるための道筋が作られたかに見えた。しかし、アジェンダ21は計画倒れで思ったように進まなかった。そんな中、地球サミットから十年後ということで今回のヨハネスブルクサミットが南アフリカで開かれ、アジェンダ21をフォローアップするための具体的な数値目標や実施手段を決めるために、世界実施文書が作られた。ヨハネスブルクサミットとは環境と開発の会議と呼ばれているが、実際に、大きな焦点となった分野は貿易問題であった。2003年9月に次期WTOの閣僚会議(※WTOの最高意志決定機関で2年に一回開かれる)がメキシコのカンクンで開かれるが、この会議に向けた前哨戦とも評価できるような経済優先の会議であった。
国連では何も決定できなくなる?
貿易のパートで市民が最も懸念していたのは、いままで国連で合意されてきた生物多様性条約や京都議定書などの環境条約が、WTOの貿易ルールよりも弱いものになってしまうことであった。多くの市民の注目を集める中、サミットの中盤になって「環境・社会的なルールがWTOとの一貫性を維持する」という強い文言が合意されてしまった。しかし、一旦挿入されたWTOルールとの一貫性を求める文言は、NGOのねばり強いロビーイングとEUとG77の土壇場の発言により削除されたものの、多くの項目において、WTOのルールとの一貫性を保つような表現は残ってしまった。
このことは、今後、貿易などの国際的な経済政策に関して、国連の会議でWTOのルールに反する決定をすることが難しくなるだろう。例えばアフリカなど重債務最貧国にとって安定的な外貨収入として不可欠な一次産品の価格を左右する協調政策なども、途上国にも発言力があるUNCTAD(国連貿易開発会議)ではなく、先進国の影響力が強いWTOで決定していかなければならなくなる。私たち市民にとっては悲劇的なことだが、今後10年間でWTOが決定する範囲はさらに拡大していくだろう。「社会政策が国連では何も決められない」ことが現実となる日も近いのかもしれない。
残された巨大市場「水」〜その民営化への布石〜
では、そのような社会政策をどこで決めていくのだろうか? 公正な国際ルールを決めるはずの国連に替わって、多国籍企業が推し進める水やエネルギーなどの公共サービスの民営化が「ルールなき世界・経済ルール優先の世界」を創ろうとしている。ヨハネスブルクサミットの重要なテーマの一つとして、「様々な主体によるパートナーシップの促進」が謳われたが、政府と企業によるパートナーシップに限って考えれば、公共サービスの民営化を進行させてしまう可能性がある。日本でも国鉄からJRへの移行、や電電公社からNTTへの移行が行われたが、他国に比べて大きな悪影響は少なかったので、民営化に危機感を持つ人は少ない。しかし、特に市場のルールや金融の機能が十分に備わっていない途上国における公共サービスの民営化、多国籍企業の公共サービスの進出には大きな問題がある。つまり、水道代の払うことができない貧困層にとって、水道事業の民営化は、人間が生きていく上で必要不可欠なライフラインの停止を意味する。きちんとしたルールもなく、やみくもにパートナーシップの促進を謳うことは、カンクンで行われる次期WTO閣僚会合に向けて、公共サービスの民営化の布石となったと考えられる。
世界実施文書のなかでは水へのアクセスを向上させるための具体的な目標が導入されたが、今後この目標達成のために水道設備などがどのように整備されるかは重要な課題である。二〇〇三年の三月には、京都・大阪・滋賀で第三回世界水フォーラムが開かれるが、多国籍企業が実権を握る世界水フォーラムにこの問題を任せておくことは、残された巨大市場「水」を多国籍企業に売り渡すことにつながっていくだろう。
継続した監視、ロビー、エンパワー!
ヨハネスブルクサミットでは、WTOなどの国際機関が進める自由貿易によって引き起こされるグローバリゼーションの負の影響にブレーキをかけることは出来なかったばかりでなく、今後、さらに負の影響を拡大させるような合意が行われてしまった。民主的な意志決定システムを維持し、貧困や環境破壊を食い止める分岐点を創れるかどうかは、私たち市民が、継続して国際会議を監視し、政府に働きかけ、市民をエンパワーしていけるかどうかに懸かっている。(文責:田辺有輝)
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