◆What’s ABS?

≪1.ABSとは何か?≫

ABSとは、生物多様性条約において議論されている議題のひとつです。

ABSは、Access and Benefit-sharing(アクセスと利益配分)の略語ですが、正式にはAccess to genetic resources and the fair and equitable sharing of benefits arising out of their utilization(遺伝資源へのアクセスとその利用から得られる利益の公正かつ衡平な配分)といいます。※1

では、ABSとは具体的にはどんな議題なのでしょうか?

例えば、ある遺伝資源利用の技術力が高い国の製薬メーカーが、他国へ出向き、現地で見つけた植物の成分を利用して、運よく新薬を開発できたとしましょう。そしてその薬を販売して利益をあげ、経営します。

なんということはない、普通の話と思うかもしれません。

しかし、この時すでに問題が起きている場合があるのです。それは、植物の成分という遺伝資源は、それが存在する国家に主権があるということが生物多様性条約に書かれているからです。※2 つまり、他国へ出向き現地の植物を持ち帰って、その植物を利用して利益をあげることは自由にはできないことになっているということなのです。それどころか、生物多様性条約では遺伝資源から得られた利益を公正かつ衡平に配分することが目的のひとつになっています。※3

ここで、ひとつの事例を紹介しましょう。
アフリカのサン族は、砂漠で長期間狩猟をする際フーディアという植物を持参していました。彼らは、フーディアに空腹を抑制する作用があることを伝統的に知っていたからです。
1963 年、アフリカの主要な研究機関の一つである南アフリカ科学産業研究評議会(以下、CSIR)が、あるプロジェクトの一貫として、フーディアの採取を始めましたが、このときCSIR とサン族との間に取り決めはなされませんでした。
CSIRは、1983〜1986年にフーディアから食欲抑制成分を含む物質を発見し、1995年当該食欲抑制成分に関する特許「P57」を取得しました。そして、1998 年には当該特許について英国のファイトファーム社にライセンス供与しました。
さらに1998 年、ファイトファーム社が大手製薬会社の米ファイザー社に排他的ライセンスを設定しました。 こうした大手企業の知的財産の囲い込みに対して2001年、英国のメディアが疑問を呈する記事を掲載したことがきっかけとなり、サン族への利益配分を求める声が高まりました。そして2003年、CSIRとサン族の間で、正式な利益配分契約がなされました。
こうして知識の元々の保持者であるサン族は利益を配分されるようになりました。しかし、この契約はあくまでサン族とCSIRの間での取り決めであって、フーディアの場合に限られたものです。

ここで必要になってくるのが、他国の遺伝資源を利用する際の国際的なルールづくりです。どのようなプロセスで、どのような関係者と合意をとり、どのように利益配分をするのかなどを議論するのがABSという議題なのです。


≪2.議論の経緯≫

1993年の生物多様性条約の発効以来、締約国会議(COP)や関連の会議で議論してききました。

これらの一連の議論のひとつの成果として、2002年にボンガイドラインというABSに関する国際的なガイドラインが合意されました。このガイドラインには遺伝資源へのアクセスとその利用から得られた利益を公正かつ衡平に配分するための、基本概念や推奨されるプロセスなどが書かれており、遺伝資源へのアクセスと利益配分を行う際に参考となるものとなっています。

ボンガイドラインは、ひとつの成果ではありますが、法的な拘束力はありません。つまりボンガイドラインで推奨されるプロセスを踏まなかったとしても、罰則があるわけではないのです。

これではアクセスと利益配分が公正に行われないとの危惧から、遺伝資源を多く保有する国々(大部分が途上国)は、次のステップとして法的拘束力のあるABSの国際的なルールの合意を求めています。

この国際的なルールは国際体制(International Regime)と呼ばれ、2010年に名古屋で開催されるCOP10までに合意をとることが決まっています。


≪3.論点≫

交渉は難航しています。

法的拘束力のある国際体制を求める途上国を中心とした国々と、法的拘束力ある国際体制に難色を示している先進国を中心とした国々が対立しているのです。

もちろん、途上国を中心とした国々は、まだ多くの自然資源を保有しており、アクセスと利益配分の法的拘束力のある国際体制をつくることで、正当な対価を得たいでしょう。

そして、遺伝資源を利用して利益を上げている先進国を中心とした国々は、強い拘束力のある国際体制ができることで、従来のように遺伝資源が利用できなくなることを警戒しています。

この他にも、国際体制における遺伝資源の定義の範囲、遺伝資源利用時の原産国の表示、先住民族の参加などについても意見が対立しています。

参照----------------------------------------------------------
1 生物多様性条約 決議 IV/8  http://www.cbd.int/decisions/?dec=IV/8
2 生物多様性条約 第15条 http://www.biodic.go.jp/biolaw/jo_hon.html
3 生物多様性条約 第1条 http://www.biodic.go.jp/biolaw/jo_hon.html