生物多様性とESG投資 国際的な動向を踏まえてESGウォッチができること(その2)

ESG投資と生物多様性、そしてESGウォッチプロジェクトの活動について足立直樹さん(株式会社 レスポンスアビリティ代表取締役/企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長)へのインタビューを3回にわたってお届けします。

目次

オフセット、30by30、生物多様性を重視する企業について 

ラモス:今、土地開発についてお話がありました。今大学三年生ですが、将来就職したいと思っている企業として、土地開発、デベロッパー業界に興味を持っています。

最近だと土地開発で商業施設やマンションが立地する際に、その施設内にグリーンを残そう、例えば、商業施設の周りに木々を植えて少しでも環境問題に配慮した工夫をしようという作りが見られるのですが、実際に今の日本において、マンションや商業施設が立地する時に、商業施設の中に設けられたグリーンだけではかなりのマイナスですか?

足立氏:マイナスです。何もやらないよりはいいんですが、それでも減ってしまいます。私も理事をやっている一般社団法人いきもの共生事業推進協議会(ABINC)という団体は、企業やマンション、工場やショッピングセンターなどの植生を生物多様性に配慮した植生にしましょう、という活動をやっています。

例えば、新しいマンションの周りに緑地があって、そこの緑地に木を植えるときに、在来種にしたり、あるいは外来種が入ってこないようにしたり、生き物が住みやすいようにする、という基準があります。ちゃんとした傾向と対策をデベロッパーが行い、ほとんどの場合合格点を取ります。しかし、もともと緑地だったところを潰してマンションにしたら、ほとんどの緑がなくなるわけです。そこが問題です。でも現状の日本の制度ではどうしようもありません。しょうがないので、せめて残されたわずかな陸地をどう効率的に使うか、みたいな話をしているのですが、正直、それだけではどうしようもないですね。私はこれに関してはもっと規制が強い方がいいと思います。これ以上緑を潰すような開発が起きないようにしましょう、ちゃんとオフセットをしましょう、そういう議論をしていかなければいけないのです。

ラモス:ありがとうございます。例えば都心の方に行くと、結構土地が密接に建てられていて、残っている土地がないと思うのですが、そうなったときに、例えば先程の倉庫の話だと、1000㎡の倉庫を作るとなったら、どうやってその1100㎡の森林を形成していけばいいのかなと、思いました。地方だったらできると思いますが、東京でやるとなったら、どうやったらいいのかなと思いました。

足立氏:オフセットが必要なのは、基本的には自然の森林や自然の生態系がある場合です。それを潰す場合にはオフセットをしましょうと。都心部や市街地のように既に開発されているところは、そもそも対象外なんです。というのは、そこに生息している生き物の住処がなくなるわけではないからです。

 公園のようなところは微妙です。自然の生態系ではないけれども、都市の公園としての生態系です。そういうものはどう考えるかというと、そこは、私はオフセットというよりも、そもそも開発を認めない方が良いと思います。オフセットには国際的に使われているルールがありますが、「ここはもう開発してはいけない」というところはオフセットしようがしまいが、開発はできないのです。

 都市の中の緑というのは、そこに住む全ての人にとって大切な緑地、あるいは生物にとっても重要な環境なので、開発するべきではでありません。だから、そのようなところを開発するのは、環境後進国のやることです。

それとは別に、都心部の再開発で、ネイチャーポジティブになるように策を講じるとしたら、そのすぐ近くでなくても、別の場所でオフセットや自然再生をすれば開発を認めます、というやり方もあると思います。たとえば、東京で新たにビルを建てたり、再開発をするときに、同じ面積を日本のどこか別の場所でいいから再生する、ということを開発業者に義務付けると、日本全体としてはより自然が再生されるでしょう。

もちろん、もともとそこにあった自然の再生にはなりませんが、都心部の場合は自然がもともとないので、どこか別の場所の自然再生というだけでも意味があると思います。

もっぴー:30 by 30について質問です。30by30というのは、2020年の12月にCOP15で採択された、2030年までに地球上の陸地および海洋の30%をそれぞれ保全するという取り決めで、日本の場合だと陸地の保全地域が現在20%、海域だと13%というところです。

現在の30 by 30の日本の割合を見る限り、どっちかというと、陸より海域の方が保全するにあたっての定義・基準にまだ課題があると感じますが、どうでしょうか?

足立氏:基本的に海の場合は所有者は国なので、そういう意味では指定はしやすいはずです。ただ何が問題になるかというと、漁業権です。

日本の沿岸海域のほとんどで漁業が行われています。そこを準保全地域にしてしまうと、今までのように漁業が行えなくなるので、反対が起きるでしょう。

そうは言っても所有者がいるわけではないので、私はその点で、やりようがあると思っています。もちろん数字的には13%と少ないので、それを30%にまで高めるのは陸地以上に難しい課題ですが、うまく政策を考えればできるのではないか、と思います。

実はその水産資源管理が日本の生物多様性上、非常に大きな問題です。日本は水産資源管理が全然できていないんです。なので、取れる魚がどんどん減っています。魚をよく食べる割に、非常に残念な状況になっています。本来の水産資源管理をきちんして欲しいと思います。そのためにきちんと保全地区を設定することです。保全地区、準保全地区を設定して、それを30by30で認めるようにしたら、そこが自然につながっていくはずです。

本当はそれができるはずなんですが、水産庁などはそういうことに手を入れていません。陸の方は20%と割合が比較的高いんですが、それでも陸は使えそうなところはどんどん開発されているので、そこを保全して行くのは、かなりハードルが高いですね。

ただ30by30の場合は完全な保護地域ではなく、準保護地区で良いので、今、企業が既に持っている社有林のようなところを準保護地区として登録してもらうということを広めようとしています。企業も興味を持ち始めていますが、今のところまだインセンティブがありません。それで、そのような社有林の登録がすごい勢いで増えそうにはないんです。私はそこにちゃんとインセンティブを設けた方がいいのではないかと思っています。

具体的に言うと、きちんとした森林があれば、災害が防げたり、水源が涵養されたり、気温が異常に高くなるのを防げたり、そういう機能があります。なので、それらの機能を認めて、その便益に対する費用が払われる。その費用を誰が払うのか、ちょっと考えなければいけないのですが、そういう仕組みを作ればインセンティブになるのでは、と思っています。

今までは、基本、生態系はお金を生まないものだとされていました。お金を生むとしたら、せいぜい木材生産ぐらいだと考えられていました。それ以外にも生態系はいろんな機能と価値を持っているのですが、その価値をお金に結びつけて考えてこなかったのです。だけれど、それに対してきちんと経済的な価値を認めるような仕組みづくりをするというのが、30by30に限らず今後の鍵ではないかと思います。

モッピー:2022年8月に第一回生物多様性保全検討部会に出席されていますが、氾濫原の認証制度について議論になっているようですが、現状のOECM(*2)の認証制度だと土地所有者が自らOECMへの認証を申請することになっていて、河川周辺の低湿地や水田地帯での氾濫原の土地所有者はあまり手を上げないのでは、ということが気になっています。まだ認証制度も課題がある分野なのかなと感じます。

足立氏:そこは制度的に認めてあげないといけないですよね。氾濫原はすごく重要なんですが、日本はむしろその氾濫原を潰して開発して来てしまったのです。最近、例えば水害や大きな台風被害が起きていますが、それはもともと氾濫原だったところを無理やり住宅地にしたりしている場所だったりします。そういった場所が被害に遭うのは、本来は当たり前なんです。なのに、そうした場所も開発して分譲すると個人所有になってしまいます。そうなると、なかなか難しいですよね。

流域治水という考え方があります。コンクリートで川の護岸工事をして川の氾濫から守るのではなくて、ある程度以上の規模の洪水が発生すると、氾濫原みたいなところに溢れた水を流して、そこで水を吸収する、という考え方です。それなら、コンクリートの護岸壁もいらないわけです。

ただそれをしようとすると、当然水が流れていった畑や田んぼ、あるいは住宅地も水に浸かるわけです。それでも、田んぼが水に浸かる、畑が水に浸かるという被害はは金銭で保証すればいいですよね。あるいは住宅だって、人の命さえ奪われなければ、金銭で保証できるわけです。日本はそういう議論がまだできていません。

もともと、本当は開発すべきではなかった場所を開発してしまったのだから、そこを行政などが買い上げて、別のところに移住するようにした方がいいはずなのですが、そういう冷静な議論がまだできていないですね。

マイキー:GBF(Global Biodiversity Framework:生物多様性枠組)は、企業に対して消費者に必要な情報を開示するように求めました。その結果、生物多様性や生態系への影響が小さな製品やサービスが選択されるようになることが理想です。しかし、本当に消費者が企業からの情報開示によって環境に配慮された製品を買うようになるのか懐疑的です。

例えば、エシカルコスメとして有名なところで「SHIRO」「LUSH」があるが、これらは環境にやさしいからではなく、香水が訴求した、商品のデザイン性で訴求したから人気が出たと言えます。環境に配慮された製品をより多くの消費者が購入するようになるには、どのような施策を取ればよいのでしょう?

足立氏:GBFは2022年の生物多様性条約COP15で作られた世界目標です。

日本もGBFに対して、最終的には賛成ました。ですから、日本もこのGBFの目標を達成するべく、動かなくてはいけません。でも実際には罰則が何にもないのです。「196カ国の締約国・地域が頑張りましょうね」というだけで、残念ながら強制力はありません。そして、これを実施するためには、締約国が国内の制度にしていかなければいけないのです。2023年4月の頭、日本はGBFが出た後、「生物多様性国家戦略2023-2030」を出したのですが、この生物多様性国家戦略の中にかなりGBFの中身が盛り込まれています。

戦略としては良いんですが、次にそれを実施するための法律を作らないといけません。国の政策としては、全て法律にしないといけないからです。ただ残念ながら、私が聞いた範囲では消費者に必要な情報を開示するための法整備をしましょうという話はまだ全く進んでいません。

そういうわけで、皆さんにも、「GBFに入って日本も賛成しましたね。国家戦略でもこういうことを言っていましたね。法律を作ってこれを義務化しないんですか?義務化しないと企業が動かないのではないですか?」という風に言ってもらいたいと思います

これを義務化しようという動きに持って行って、きちんと正しい情報を開示させるような基準や、開示の仕方についてのルールを作るということはすごく重要だと思います。

それに加えて、消費者に対してもモノを買うということがどれだけ意味を持つのかということを知って理解してもらうことが必要です。

この二つを同時に進めないといけないですよね。皆さんの得意な方からやってもらえればいいと思います。

(*2)OECM(Other Effective area-based Conservation Measures):国立公園などの保護地区ではないけれども、生物多様性を効果的にかつ長期的に域内保全に貢献する地域のこと

(その3 記事)
(その1 記事)

足立直樹(あだち なおき)氏のプロフィール

サステナブル経営アドバイザー

株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役

東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。企業と生物多様性およびサステナブル調達の日本の第一人者として知られる。もともとは植物生態学の研究者としてマレーシアの熱帯林で研究をしていたが、熱帯林が次々と破壊されていく現場を目の当たりにし、帰国後すぐに国立環境研究所を辞しコンサルタントとして独立。38億年の生物の進化にヒントを得た持続可能な経営論、生物多様性の専門性を活かした持続可能なサプライチェーンの構築など、独自の視点と発想から、日本を代表する有名企業に対して、企業活動を持続可能にすることを支援してきた。さらに、こうした活動を通じて企業価値を高めるサステナブル・ブランディングの推進に力を入れている。2018年には拠点を東京から京都に移し、地域企業の価値創造や海外発信の支援にも力を入れている。環境省を筆頭に、農水省、消費者庁等の委員を数多く歴任する。

本記事は独立行政法人環境再生保全機構 地球環境基金の助成により作成されました。

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