生物多様性とESG投資 国際的な動向を踏まえてESGウォッチができること(その1)

ESG投資と生物多様性、そしてESGウォッチプロジェクトの活動について足立直樹さん(株式会社 レスポンスアビリティ代表取締役/企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長)へのインタビューを3回にわたってお届けします。

目次

ESGを通して世界を変えることはできるのか?

−若い世代が ESGで影響力を持つには?

足立氏(株式会社 レスポンスアビリティ代表取締役、以下足立氏):そもそも皆さんのような、若い方はどのくらい投資をしているのですか?

鈴嶋(A SEED JAPAN ESGウォッチプロジェクト担当理事、以下鈴嶋):大学生はほとんどしていないですね。関心がある人は、それなりにいます。

足立:ですよね。みなさん今東京に住んでいるんですか?

鈴嶋:ほぼ東京、埼玉です。

足立:東京・首都圏ですね。その中で「子どもの頃は田舎に住んでいた」という方はどのくらいいますか?

こういう問題を考えるには、生き物に囲まれて生きるという想像ができるかどうか、がとても大切だと思います。そのような経験があっても、「虫が嫌い」とか、「関係ない生き物はいない方が楽だ」と言う方もいると思います。今は虫や生き物が多様に存在する方がいいよね、ということを感じにくいと思います。

そういうわけで、今、皆さんにお聞きしたいのですが、生物多様性の問題を頭・知識・論理的に考えるのではなくて、もっとエモーショナルな視座で、緑があった方がいいとか、自然があった方がいいと感じる人はどれぐらい、いますか?

(大半の人が手を挙げる)

だとしたら、ここにいる皆さんはそれを実際に感じられるから理解しやすい、と言えますが、ほとんどの人は、そうは思っていない。そして「東京に住む方が便利」と思っている。夏休みにはたまに山に行っても、普段からそういうところで暮らしたいと思う方は少ないと思います。だからこそ、理詰めで説明しなければならない、と感じます。

お金が世の中に影響を与えるのは間違いないことです。気候変動に関しても、ESGが言われるようになって現在15~20年近くになります。ESGが大きな力であることは間違いないのです。世の中で動いているお金のうち、例えば欧州では投資家の半分近くがESG投資をしている、日本では4分の1と言われています。

ESGは何をやろうとしているのかというと、世の中のいろいろな企業に対して、「最低限ここはクリアしましょう」ということを投資家として言い続けています。

なぜ投資家がそんなことをやるようになったのでしょう?今までであれば全体に分散投資してれば、ある程度のリターンを得られたんですが、このまま、今までと同じビジネスのやり方をしていては経済は破綻する、と言われるようになりました。だから、ビジネス全体もより持続可能な方向に向けようとしているのです。

ですから、皆さんには、「本質的なESGをどう広めていくか」、「それが広がっていくことが世の中にとって意味がある」ということを同世代、あるいは世の中に広く伝えていくことが影響力を持つのではないかと思います。

鈴嶋:世界ではどのようにESGが進められているのでしょうか?

足立:ESGにはプレイヤーがいくつか存在しますが、これからすごく影響力があるだろうと思うのは、一つはEUです。

EUには「EUタクソノミー」と言って、何がグリーンで何がグリーンじゃないのかを分類する基準があります。分厚い、数百ページもある基準です。

たとえば、「気候変動の解決に貢献しています」というからには、ある一定の条件をクリアしないといけない、ということが決まっています。それに適合しないと、EUの市場においては「グリーン」だとか「気候変動の解決に対して貢献する事業」とは言うことはできません。

さらにEUには、サステナブルファイナンス開示規則(SFDR)(*1)というものがあり、EUで事業展開する機関投資家・金融機関は、自分たちの投資・融資先が、この基準に合わせてどれだけグリーンなのかを開示しないといけない、というルールがあります。     

日本の大手の金融機関も一部の顧客はヨーロッパにいるので、このEUのルールの影響を受けることになります。従わないと、欧州という市場を捨てることになります。

さらに企業に対しても直接、サステナビリティに関する報告をしてくださいという「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」というルールが2024年から動きます。これも基本的には欧州の上場企業ですが、日本企業であっても欧州で一定以上の規模のビジネスをしているところや、子会社やグループ会社が欧州で上場しているところは、適用を受けます。なので、このEUタクソノミーだけでも、かなり動いているのです。

もう一つは、日本の企業や投資家が言っていることがウォッシュ(ごまかし)ではないかをウォッチ(監視)するのもいいと思います。今は、結構いろんな海外の団体が日本の企業も含めて厳しく見始めています。実にいろんなレポートが出ています。例えば、プラネット・トラッカーを知っていますか?

プラネット・トラッカーというイギリスのNGOが、生物多様性、森林、漁業などについて、いろいろなレポートを出しています。レポートをみると、実は日本の企業や日本の金融機関が対象になっているものもあります。その評価はかなり厳しいものです。投資内容などをちゃんと見ているのですよ。なので、その結果を発信したらいいでしょう。

既に専門性の高い団体が国際調査をしているわけですから、そこから見たときに日本の企業や日本の金融機関がいかに遅れているのかを知らせた方が良いでしょう。

これらはインターネットで全部公開されているのですが、日本のメディアはあまりそういうことを報じないのです。だから、そういう情報を発信して行くことに意味があるのではないかと思います。

足立:もう一つは、お金は影響力が強い。だけれど若者には影響力がないというわけでは決してない。若者が影響力を及ぼし得る方法には大きく二つあって、一つは労働力、もう一つは買い物だと思います。

労働力、つまり「こんな会社では働かないよ」というのは企業にかなり効く文句になりえます。企業は人がいないと続いていかない。常に人をリクルートしていかなければいけない。今、持続可能でない儲け方をしている企業が、例えば30年、40年後に存続するかというと存続しない可能性が高くなります。

就職先として、例えば「プラネット・トラッカーで評価悪いところは嫌だよ」みたいなアピールが効くんじゃないでしょうか。

もう一つは買い物。皆さんの購買力がすごく大きいわけではないと思いますが、商品というのは年齢などに応じて、マーケットが細かくグループ分けされているので、若者が興味を持ってくれないと困るという商品がある。

たとえば、ファッションであれば、若者向けのファッションブランドでは当然若者が共感を持ってくれないと売れないわけです。そういう企業に対して、「どうなんですか?ちゃんと生物多様性や気候変動のこと考えているんですか?そうでなければ、いくらかっこよくても買えませんよね」というアピールは、すごく影響力があると思います。

鈴嶋:皆さんはESGの情報は普段どんなところで見てますか?

鈴嶋:僕は書籍とか、海外の出版物やサイトを見ています。

足立氏:そうですか。ニュースサイトで見るといいと思います。ESGジャーナルジャパンというのが割といろんなニュースを扱ってくれます。海外のニュースなんかも、全部日本語で書いています。なので、ここで面白そうだなと思ったレポートを見るといいかもしれません。

生物多様性関係では、辛口でレポートを出すRAN(レインフォレストアクションネットワーク)というNGOがあります。そこは結構日本企業をターゲットにしているので、レポートもすごく役に立つと思います。

鈴嶋:先日某所でESG投資の専門家の方とお話しさせていただきまして、社会全体のお金の流れ、つまり社会全体・経済の回り方を大きく変えていくためには、ESGの情報が市場に参加している人全てに充分に行き渡って、参加者がそれぞれの判断で合理的に、長期的な視点で判断するようになることが必要だ、と仰っていました。

一つのNGOが「この企業はグリーンウォッシュだ」と言っても、他の人が誰もそんなこと言わないなら、そこに支援している金融機関は判断を変えない、と言われました。

ESG投資をする金融機関でも、ESG投資ではない投資額の方が圧倒的に多い状況から、ESG投資が100%になるまで取り組む。その上で、全ての金融機関や投資家に対してある程度マジョリティになるまで情報が行き渡ることによって、各社の合理的な判断として、投資先が変わっていく。そうして初めて社会全体が変わっていくんだと仰っていました。まず情報を知らしめることが大事なのだと思います。

足立氏:EUがやろうとしていることがまさにそれなのです。EU全体をグリーンな経済にしていくために、そもそも、どういう風にやったらグリーンになるのかという基準を決めて、機関投資家に対して、投資しているお金の何割がグリーンなんですか?なんでグリーンじゃないんですか?という問いかけをしています。SFDRでは、今は、「何パーセント以上グリーンにしなければいけない」とは言っていません。将来的には言うかもしれませんが、今はそのような規定は無いのです。それでも、「現状グリーンが何パーセント」と発表はしなければならないのです。

たとえば、「今30%~40%ぐらいグリーン」というように開示した場合、自分のところより他の方が高いということが露見してしまいます。そうすると当然みんなはよりグリーンにしようと思うわけです。そういう仕組みはすごく重要だと思います。

日本にはその仕組みはないのですが、日本の金融機関もEU市場に対しては、自分たちはこうですよと、情報開示をしなければいけないのです。だから今後ホームページなどで開示するはずです。

日本の銀行や運用会社が、投資するお金の何割がグリーンでした、という一覧表を日本人向けに出してはどうでしょうか?

生物多様性オフセットという考え方について

足立氏:「生物多様性は分かりにくい」とよく言われますが、私は、これは分かりやすくならないと思っています。企業の方からも、「CO2のように排出量何トンなど、分かりやすい基準がないのか」と言われるのですが、それは無理です。というのは、生物多様性は量と質の両方を考えなければいけない問題だからです。質というものは、一つの指標では表せないのです。そもそも「多様」というのはいろんなものがあるから「多様」なんです。それを一つの軸で表せるわけがないし、表そうとした瞬間にその多様性が失われます。

現在、世界的には、2022年の生物多様性条約締約国会議で採択された生物多様性世界枠組み(GBF)という目標に従い、ネイチャーポジティブを目指そうということになっています。

ネイチャーポジティブとは何か?

今どんどん自然が減っていますよね。残念ながら全然歯止めがきかなくて、森林も手つかずで保護されている場所より、破壊されている場所の方が多いんです。なので、これを少なくとも2030年までに反転させて、その先は増やしていこうと。2050年には充分な量まで増やしていく。

では、そのためにどうしたらいいかというと、やらなければいけないことは明らかです。まず一つは、これ以上あらゆる自然破壊につながるような行為はすべて止めなくてはいけないということです。何が自然破壊の原因になっているのか、と言うと、実は一番大きいのは原材料のサプライチェーンなのです。

今、世界中で物の消費が増えていて、その原材料を作るために森林が破壊されています。だから、使っている原材料に関して、「森林破壊に間接的にでも関わっているようなものはもう使いません」と宣言をして、実際に実行することが第一です。

それ以外に自然を破壊している原因として何があるかというと、土地の開発なんです。新しく家を作ったり、工場を作ったりという形で土地を開発する。何十年も育っている木を切り倒すなどして、開発することはダメージが大きいわけです。そういうことを起こさないようにするわけです。

森林だけじゃなくて、湿地や海岸線でも同様です。でもそれで、これから土地開発ができなくなったら、住宅や倉庫が必要になった時にどうするのか?

それに対しては「オフセット」という考え方があります。どうしてもここに新しく倉庫が必要である、ということで、そのために100㎡が必要となったら、そのすぐ近くに同じ面積の自然を復元する、あるいは自然をきっちり保護する。それが「オフセット」です。

鈴嶋:オフセットをすると一応、プラスマイナスゼロになりますよね。

足立:はい。ただそれではプラスマイナスゼロにしかならないから、そこでもうちょっとプラスを増やしましょう、と。例えば、自然を1割多く再生します。そうすると、必要最低限の開発を行いながらも、自然が増えていく。実はイギリスは既にそういう法律を作ろうとしています。日本ではそういうことをしようという議論も行われていません。世界はそういう方向に向かっています。

それから最近、侵略的な外来種が結構問題になってきていて、倉庫とか工場に入ってくることが多くなりました。倉庫には、海外から原材料や製品が運ばれてきていますよね?で、その時のコンテナや荷物にくっついて外来生物が入ってくることが多いんです。ヒアリなどもそうです。そこで港や倉庫などでしっかり防除すれば、日本の生態系を脅かさなくても済みます。だから、そういった場所でどれだけそういう対策をしているのか、というのは、今後すごく重要になります。

この3点(ネイチャーポジティブ/オフセット/外来種問題)の観点で、企業の取り組みを調べて、どこの会社は頑張ってる、どこの会社はまだまだ、というのを見せるとすごくいいんじゃないかと思います。

(*1)SFDR:金融商品の運用を行う資産運用会社のような金融市場参加者と、投資アドバイスを提供する証券会社等の金融アドバイザーにESG関連情報の開示を義務付ける規則。https://finance.ec.europa.eu/regulation-and-supervision/financial-services-legislation/implementing-and-delegated-acts/sustainable-finance-disclosures-regulation_en

(その2 記事)
(その3 記事)

足立直樹(あだち なおき)氏のプロフィール

サステナブル経営アドバイザー

株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役

東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。企業と生物多様性およびサステナブル調達の日本の第一人者として知られる。もともとは植物生態学の研究者としてマレーシアの熱帯林で研究をしていたが、熱帯林が次々と破壊されていく現場を目の当たりにし、帰国後すぐに国立環境研究所を辞しコンサルタントとして独立。38億年の生物の進化にヒントを得た持続可能な経営論、生物多様性の専門性を活かした持続可能なサプライチェーンの構築など、独自の視点と発想から、日本を代表する有名企業に対して、企業活動を持続可能にすることを支援してきた。さらに、こうした活動を通じて企業価値を高めるサステナブル・ブランディングの推進に力を入れている。2018年には拠点を東京から京都に移し、地域企業の価値創造や海外発信の支援にも力を入れている。環境省を筆頭に、農水省、消費者庁等の委員を数多く歴任する。

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